食べて笑って生きる!


 BARの会、全員集合‼️でした。
 最後にみんなが集合したのは、いつだったかしら?もうすっかり忘れてしまいました。遠い昔のことのよう。
 長いコロナのトンネルでしたが、暗い中でも、いつの日かまたBARの会を!と思い描いて、今日を迎えました。
 先に店に入っていたメグちゃんとヨーコ。まさことミワさんが到着するや、
 「お久しぶり!!もう喉がカラカラ!先に一杯飲んで待とうかって話してたところよー」とメグちゃん。一気にBARの会の空気感が戻ってます😆
 「飲もう!飲もう!」
 先に来た者から、飲んでみんなを待つ🤭飲んべえの集まり。BARの会。
 まだ到着してないのは、現役教員のテルちゃんとニシちゃん。しんどい思いで頑張って、おつかれさま!って乾杯したいのは彼女たちだろうにね。
 でも、いいんです。これで!!
 これこそ、BARの会。

 長らく会わなかったし、近況報告しましょう!とは、やっぱり真面目。教員集団。
 去年夏に始めたサップの話にみなさんキョトン。
 「サップって何?」
 え!そこから?😅

 まさこがBARの会のみんなと飲んで食べて、おしゃべりしているとき、はやとさんは、職場の仲間の歓送迎会。別れと新たな出会いのなかにいました。
 娘たちは、というと。トモはサツキと「アマーク・ド・パラディ」にいました。
 ファミリー全員、本州の東と西と真ん中で、同時に美味しいものをいただいていました。

  その夜、BARの会が終わる頃、ポツリとLINEが入りました。

 「父さんが亡くなりました」
 我ら夫婦の恩人の訃報。
 覚悟していたとはいえ、あまりにあっけなく逝ってしまわれました。

 この地球上では、あたりまえのように、どこかで人が生まれ、どこか人が亡くなっている。それがあたりまえのことなのだけど・・・。

 食で人を幸せにする仕事を選んだサツキ。確かに、人が生きるとき、美味しいものを美味しいと感じながら食べられることほど幸せなことはありません。
 人の身体は食べたものでできているというけれど、誰と、どこで、どんなふうに食べたか、ということも、幸せに生きるための「食」にとって、大切な要素だと感じます。
 我がファミリーが、恩人のお宅でどれほど美味しいものを食べさせてもらってきたことか。
 恩人宅の居間では、トモはお父さんのひざ、サツキはお母さんと娘のヨウコちゃんの間に座るのが定位置。ふたりとも口を開ければ、美味しいものが運ばれてくるという至福の時をそこで経験して育ちました。
 まさことはやとは、ひたすら食べて飲んで、お父さん、お母さんとの話に夢中でしたから。
 思い出せば、そこはいつも、にぎやかで明るくて楽しい場所でした。
 ときには叱られ、ときには励まされ、人としてどう生きるか、教え、諭され、そして私たちを夫婦にしてくれた人生の恩人。
  彼が亡くなるそのとき、我らファミリーは、やっぱり美味しいものを食べてにぎやかに過ごしていました。
 お父さん、やれやれ!お前たちは・・・と、きっと笑って見てるだろうな。


 近しい方にはすでにお伝えしましたが、サツキの経営する大阪のレストラン「アマーク・ド・パラディ」がテレビ番組ぐるナイのごちになりますに使われました。
 翌日の店で、ディナーを楽しむ娘たち。
 生きる幸せの真っ只中😆