ゾウとアリ


 アリがゾウに噛みつく程度のことかもしれないけれど。それでも、巨大なものにひるまず、向き合う決心をした。
 昔っから、強いもの、力のあるものが、その力を弱いものに向けるのが嫌いだった。
 娘のトモが中学生のとき、帰ってきて「母さん。〇〇はね、いつも△△さんをいじめるんよ。今日は、△△さんに『死ね』って言ったんよ!やけー、『お前が死ねーや!』って言ってやったんよ」と話したことがある。
 「『死ね』は誰に言うてもいけんね。でも、そう言えたトモはかっこいいね」と、我が娘をほめたものだ。
 やっぱり、私の娘だわー!!と、なんだか自慢したいような気持ちで。

 それにしても、中学時代の子どもたちは、人に向かって「死ね」とよく言うものだ。まるで合言葉か?と思うほどに。まさこも、何度投げつけられたことか。
 
 60歳を目前に東京への単身赴任が決まり、1年を過ごして迎えた春。定年を東京で迎えることになったのだが、教員としての籍はまだ下関の学校にあったので、在籍校の校長から、「子どもたちに、教員人生最後のあいさつをしに来ないか」と声をかけてもらったときは、「行きます!」と即答した。
 1年ぶりに体育館の壇上からフロアに並んだ子どもたちと再会した。変わらぬ笑顔の女の子たち。一方、1年生の頃はやんちゃでとんがってた男の子たちは背丈がぐんと伸びていて、顔つきも大人びて見えた。表情が明るいなぁと感じた。
 先生たち、1年間苦労して育ててきたんだろうなぁと、感謝とともに、申し訳ない気持ちにもなった。まさこは、その学年の学年主任だったのに、たった1年で放り出したのだから。

 すこし成長したように見える彼らに、壇上から教員人生最後の話をした。
 「私は、生徒から『死ね』と言われたことが何度もあります!」と話し始めると、私にそう言った覚えのある子たちは、くすくす笑っている。
 「私は、死にたくないし、幸せに生きていたい。でも、死ね!と言っているその子たちも幸せに生きていたいはず。いったいどうしたらいいんだろう。いつもそのことばかり考えているのが、先生というものです」「人生は進むべき道の選択の連続です。自分にとって何が幸せか、どの道が幸せか、よく考えて幸せになる道を選んで進んでください!」というようなことを話して、フロアに降り、子どもたち一人ひとりの顔を見て手を振りながらゆっくり退場した。一番気になっていた子は、一番後ろにいて、満面の笑みで私を見ていた。
 「さっきの話、あんたに言ったんよ」と心の中で語りかけながら「がんばるんよ!」と声をかけると、「うん!」と大きくうなずいた。
 そうやって、私の教員人生は幕を閉じた。

 一昨年の夏、マスクを付け、サングラスをかけてコンビニに入ったとき、「まさこ?」と言う声がかかって、振り向いた。
 「やっぱり、まさこやん!」あのときの男の子が、まっすぐにこちらに向かって歩いてくる。「え?ヤヒロ?」「うん。おれ、ハタチになったんよ。父さんの会社でちゃんと働きよるんよ!」と、見たこともないような穏やかな笑顔で話しかけてくる。
 大人になったなー。もうその口からは、とがった言葉は出てきそうもない。
 目の前で誰かに電話して、「おい!まさこよ!今ここにまさこがおるんよ!」と話しながら「ダイよ!出る?」と、携帯を差し出す。向こうでは確かにダイの声。「まさこー!!元気やったー?おれ、今、大学生やけー!」
 コンビニの前でしばしの思い出話。
 「まさこも、身体に気をつけて。年なんやから!」と、優しい言葉をかけてくれ、じゃあ、またね!と別れた。
 心配してくれてありがとね😆
 あのときのやんちゃな子どもたちは、ちゃんと自分の道を選択して、それぞれに幸せに生きているんだなーと、胸が温かくなった。
 会わなくなって、もう何年も経つというのに、マスクして、サングラスしててもまさこと分かるんかー😅

 ゾウ🐘がアリを蹴散らしながら歩き回っているような理不尽な今の社会の中で、それでも自分を見失わず、自分らしくそれぞれの道を歩む私の教え子たち。
 彼らが、幸せを感じながら生きていける社会であってほしい。
 私も、自分にできることをして、幸せに生きよう☺️