さらば、しんのすけ


 東京暮らしをしていた頃、月に一度「阿佐ヶ谷の日」と称して、かのこさんと語り合いながら飲む日を決めていた。そして、ふたりで阿佐ヶ谷の夜の谷間を渡り歩き、あちこち飲み歩いて、最終的にたどり着いたのが串揚げ屋「しんの輔」だった。
 カウンターの中にいるお兄さんは、そこそこの若さで、たいてい龍の図柄のラフなTシャツにネックレスをしていた。ちょっとヤンチャしてたかしら?って感じ。もう一人、こっちはちょっと真面目そうなお兄さんの2人で切り盛りしてるって感じの店だった。まず生ビールに本日のおすすめから注文して、店自慢の串揚げをあれこれ食べて、ホッピー飲んだり、サワーを飲んだりして、計算してもらうのだけど、一人3,000円程度の安さ。美味しいのに、安い。そして、通うほどに分かってくるお兄さんたちの真面目さ、誠実さ。間口が狭く、コの字のカウンターに座ると身動きできないほどの小さな店だったけれど、安定のチョイスになっていた。
 東京を去ってからも、上京のチャンスには、阿佐ヶ谷に出かけて、しんの輔で飲んでいた。
 BSテレビの居酒屋を取り上げる番組で紹介されて、かのこさんと大興奮したこともあった。そのとき初めてお兄さんたちが兄弟だったと知った。そのうち、店が移転になり、店内が広くなって、窮屈さはなくなった。フロアに気さくなお姉さんが入って、店が明るくなった気がした。お姉さんがすすめるナポリタンは赤ワインを使っているということで、なかなかのものだった。
 はやとさんが東京で暮らすようになってからも、しんの輔にはお世話になっていたのだけれど・・・。
 その「しんの輔」が店を閉じたという新聞記事がかのこさんから、LINEで送られてきた。
 コロナ禍。わざわいが、しんの輔を襲った。
 人気のある繁盛店だったのに。
 誠実に働き、街の人々に、酒と食を提供し、ひとときの幸せを与えてくれていたのに。
 なんでこうなるんだろう。
 
 人として間違ったことをしたわけでもない。精一杯、自分らしく働いてきたはずなのに。
 ただただ悲しかった。腹立つぐらい悲しかった。誰に、何にぶつけたらいいのか、この悲しさを。


 6年前。東京を去る日のしんの輔。
 阿佐ヶ谷の夜の谷間をさまよう、酔っ払いのかのこさんとまさこ。